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平成26年 希望の大地の戯曲「北海道戯曲賞」最終審査選評

 

12月23日(火)に公益財団法人北海道文化財団内 アートスペースにて非公開で第2次審査会が行われ、第1次審査通過の7作品から、大賞作品1本と優秀賞作品1本が決定いたしました。

 


 

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 前 田 司 郎/ 五反田団 主宰

 

自分も書き手であり、自分の作品は自分で評価すべきだと思っているから、これまでは戯曲や小説の審査をしてこなかった。今回、初めて戯曲の審査をしたのは、依頼されて嬉しかったからだ。これが初めての審査員の依頼だったのです。

あまり長々と書くわけにはいかないので、書けるだけ、感想と評価を書いていく。

「乗組員」全体としては好感を持って読んだ。作者のセンチメントに寄り添いすぎている印象で少し疲れた。晴れ間が覗く瞬間がもう少しあってもいいのでは? しかし説明の簡潔さ清楚さから、物語の外に世界の広がりを感じた。僕はこの作品を三番目に押した。

「ムカイ先生の歩いた道」もう少し整理して書いて欲しい。無駄なシーン、人物が多い気がする。無駄には良い無駄と悪い無駄があると思う。ただ、とても楽しそうに書いているなと言う印象。しかし、観るほうはどうだろうか? 作者と観客が一緒に作品を楽しむには、観客の話もきく必要があると思う。

「悪い天気」この作品を一番に押した。会話の面白さ、発想が良かったと思う。ただ、もう少し親切でも良かったのでは? 観客は物語の先を行こうとする。作家はそれをさせまいとする。その競争がスリリングなほうが面白いと思う。作者が突っ走ってついていけない。何か、この物語の奥にあるものを暗示するヒントのようなものをもう少し置いておいて欲しかった。

「あなたとのもの語り」舞台に乗せるイメージがしっかり出来ていただろうか? 出来ていたとしたら観客の我慢強さを信じすぎじゃないだろうか? 構造の面白さは感じたが、戯曲のもつ生き物のような躍動感は感じ辛かった。

「薄暮(haku‐bo)」戯曲賞なので、戯曲として読んだ。戯曲として読みにくかった。飲み屋で良く知らない人の話を延々聞かされている感じ。話し方(この場合は上演の仕方)が面白ければ聞けるかも知れないが、戯曲なので僕は高く評価しなかった。

「私の父」まじめで好感がもてた。どこかの公民館で講演を聴いているような内容。無駄な要素をもう少し入れたらどうだろうか。しかし、「俺が俺が」という作者のでしゃばりが感じられず読んでいてホッとした。僕は二番目にこれを押した。

「終末の予感」終末の肌触りを感じられなかった。終末という設定が作者のニヒリズム(読んでいて照れ臭い)を宣伝するシステムになってしまっていないか? また既存のゲームからの引用が作品の中で占めるウエイトが重過ぎると思う。他人の作品に頼っているように見える。僕は高く評価しなかったが、評価している方も居て、面白いなと思った。

まとめ。北海道戯曲賞、是非毎年やってください。演出家の仕事は信じること、劇作家の仕事は疑うことだと思っています。本当にこれが自分の一番面白いものなのか? 書きあがった戯曲をもっと疑ってみてください。僕は良い事言いますね。全くその通りです。自分もそのようにしないと。自戒。

 

 

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長 田 育 恵 / てがみ座 主宰

 

大賞作品は上演される、また作品を手掛ける演出家は既に決定している。これは、この新設の戯曲賞の大きな特色であると思う。大賞作には、上演されることでより一層世界観が際立つ可能性と弾力性が求められた。

私は「乗組員」「あなたとのもの語り」「終末の予定」を気に掛けて審査会に出席したが、それぞれの作品に魅力を放つ独自性を認めつつも、大賞に推すにはあと一歩及ばなかった。

「乗組員」の“波止場に無人の小舟が見つかる。乗組員は依然として行方不明”この不穏な通奏低音を作品世界に引き入れようとした着想に最も惹かれた。構造も端正。だが登場人物に共感させる引き込みが弱く、着想のスケール感を生かし切ることができなかった。「あなたとのもの語り」は主観と客観が切り替わっていく文体を刺激的に感じた。作者が意図的に俳優の身体性などに委ねる余白を取り込めば、演劇作品としてより一層の可能性を拡げたと思う。「終末の予定」は、既視感ある物語を、それでも惹き付け軽やかに読ませていくバランス感覚。けれどある既存の作品を自作の世界観を築くための柱としてしまったのは残念。作者の今後に注目したい。

受賞作「悪い天気」は台詞・語感のセンスが卓抜していた。日常の言葉が作者の選択と巧みな配置により見慣れない輝きを帯びはじめ、観客を日常とは似て非なる異層にある作品世界へと導いていく。特に冒頭の男女二人の台詞、掛け違いの言葉を重ねながら二人の関係性へ興味を引き込んでいく誘因性には静かな興奮を味わった。しかし中盤以降、新たな登場人物が現れても劇世界に大きな影響が与えられない点と魅力ある会話を重ねながらも作品が秘めた核心にいつまでも触れられない点にもどかしさを感じた。

しかし同時に、その点にこそ演出の前田さんの手によって新たな鉱脈が発見される期待感を煽られる。演出家との対話によって開かれうる戯曲。この戯曲賞ならではの第一回大賞として、こうした作品と巡り会えて嬉しく思う。

 

 

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 斎 藤  歩 / 札幌座チーフディレクター

 

まず、残念ながら大賞に推せる作品がないという印象から私の今回の選考は始まりました。しかし、折角の北海道戯曲賞であり、今後前田さんの演出により、リーディング~本公演に至る過程での劇作家と演出家のやり取りを経て、改善してゆく余地や可能性を考慮し、私は「悪い天気」を推しました。

最終選考に残った7作品の中で群を抜いて台詞の巧みさや、上演した場合の面白みに可能性を感じました。果たしてこれを前田さんはどう演出するのだろうかと楽しみに思えた作品はこの「悪い天気」だけでした。他の作品はその結果が簡単に想像できてしまうように思えたのです。

結果、九州からの応募作品2作品が大賞・優秀賞に決定したことは、この北海道戯曲賞の特色を現わしたということでもありますが、北海道の劇作家の作品2作品がいずれもこのレベルに達していなかったことが残念でもありました。

戸塚さんの「私の父」は実に生真面目で、バカが付くほど正直に書かれている印象の作品で好感が持てたのですが、構成や台詞が他に比べると稚拙な印象があり、〈父と娘〉の微妙な葛藤を描き切れていないと感じました。

イトウさんの「薄暮(haku-bo)」は戯曲としての新たな形式に挑戦したように見えたのですが、自身で演出するのではなく他の演出家に委ねた場合の戯曲としての自立と言う部分では脆弱で、場面の構成が〈薄暮〉というイメージに戯曲単体では迫れていないと感じました。今後、北海道から大賞受賞者が現れることを期待する意味でも、このお二人には今後も積極的に書き続けて行って欲しいと思いました。

一つとして似通った戯曲がなく、様々なタイプの戯曲が最終選考に残り、そのすべてについて可能性を議論した4名の劇作家・演出家との議論はとても豊かな時間でした。北海道戯曲賞とはどういう戯曲賞であるべきかという根本から議論することのできた有意義な経験でした。応募作品全ての下読みという大変苦労の多い仕事をしてくださった北海道在住の演劇人たちにこの場を借りて感謝の気持ちを顕わしたいと思います。同時に、数多くの劇作家がいる中で今回のこの5名を審査員に選んでくれた北海道舞台塾実行委員会の方々にも感謝しています。

 

 

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土 田 英 生 / MONO  代表

 

候補作を読み終わった段階では、福谷圭祐さんの『終末の予定』か島田佳代さんの『乗組員』を大賞に推そうと思っていた。

『終末の予定』は地球が終わる最後の一時間、限られた登場人物たちの過ごす時間を描いた作品だった。諦観したようにすら思える人々の有様にはリアリティーがあり、それこそハリウッド映画などに出てくる登場人物とは真逆のベクトルで存在する彼らに親近感を覚えた。唯一気になったことは、作品として普遍化するには至っていない部分が散見されることだった。例えば劇中、ゲーム「ピクミン」をやっている男が出てくるのだが、この場合、ピクミンという、実際にあるゲームが持つ哀しさを知らなければ、効果は半減してしまう。固有名詞を出す場合はそのことに繊細であるべきだと思う。あの使い方では作者の皮膚感覚を理解できるのは、ある特定の共通ルールを持った人たちに限られてしまう。万人に分かるように書くということではなく、押し通すのであれば、それなり仕掛けを考えるか、そのようなことを全く気にさせない強い腕力が必要となる。他の審査員メンバーから出た否定的な意見は、その世界の狭さを作者の開き直りだと受け取った結果ではないかと感じた。

『乗組員』は最も完成された作品だと思った。素直に読むことができたし、なにより劇世界としての破綻も少なかった。ただ、そのことが逆に物足りなかった。島田さんの力量はよく知っていたので、もっと熱量を感じたかったというのが正直な気持ちだった。

藤原達郎さんの『悪い天気』だ。とにかく台詞が抜群に面白かった。不条理な会話ではあるのだが、そこには理屈ではない実感があった。これは相当なセンスがなければ書けないと唸った。途中、はっきりと失速する部分はあるし、会話の流れに無理が生じて、作為的になってしまっているのだが、それを補って余りある台詞とイメージの力があった。

他の作品についても個々に思うところはあるのだが、上記の三作品と比べた時、やや力の差を感じた。

 

 

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畑 澤 聖 悟 / 劇団渡辺源四郎商店 主宰

 

『あなたとのもの語り』を特に興味深く読んだ。二人の人物の主観がめまぐるしく入れ替わることで夫婦の関係性が浮かび上がってくる。ナレーションも回想も同じ仕掛けでやり切る潔さに感心した。しかしその反面、全体のトーンとリズム、ダイアローグとモノローグの切り替えの規則が常に一定で単調になってしまった。風景も感情もなにもかもびっしり隙間なく書き込まれているため、単調さが倍増する。何を書かないか選択することも必要だったと思う。終盤に別の展開を用意する戦略もあったはずだ。長い台詞が多用されているが、生身の俳優が語ったときに面白いかどうかは疑問。成立させるのには骨が折れそう。以上の難点から大賞に強く推せなかったが、それでも魅力にあふれている。全体を覆うささやかでけだるい幸福感が捨てがたい。作者の今後に大きな可能性を感じる。

『終末の予定』はやり尽くされた感のある題材を生殖というテーマで描いた。手慣れた感じがあり良くまとまっているが、技巧が先に見える印象。技術もセンスもある。もっと広い世代に受け入れられるものも書いてみてはどうか。

『乗組員』は雰囲気のある作品であり、小さなコミュニティの閉塞感を良く伝えていた。主人公の妻の「幸福への恐怖」には残念ながら共感することができなかった。

『薄暮(haku-bo)』は札幌という固有の都市を薄暮という時間で切り取った。こういう作品が札幌で生まれたことは喜ぶべきことだが、別に他の都市や他の時間であっても構わない内容。どの土地どの時代にも通用する普遍性は置き換え不能な必然性から生まれるのではないか。三つのエピソードも羅列しただけの感が強い。薄明薄暮性動物の設定も生かされていない。もっと力のある書き手だと思うので、今後に期待したい。

最終的に推したのは『悪い天気』であった。台詞が抜群に巧い。才能を感じる。終盤の展開に若干の物足りなさを感じるものの、演出によって大きく印象が変わるのではと思う。上演が楽しみである。心からおめでとうございます。

 


 

平成26年度 希望の大地の戯曲「北海道戯曲賞」受賞作品リーディング公演は無事終了いたしました。

北海道戯曲賞の審査をしてくださった審査員の皆様、リーディング公演に関わってくださったスタッフ・キャストの皆様、受賞作家の皆様、観に来てくださった皆様、関わってくださったすべての方々に心から感謝申し上げます。

 

27年度は、いよいよ!

 

希望の大地の戯曲「北海道戯曲賞」大賞作品「悪い天気」本公演!!!

 

 

キャストオーディションなど今後の情報は、ホームページで随時発表いたします。